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2007年3月 7日 (水)

初めてテレビ生放送に出演。

昨日、テレビの生放送に初めて出演した。私がかかわったコーナーはわずか15分ほどだったが、一日立ちっぱなしでセミナーしたときよりも疲れた。帰路につくときにはもうフラフラという感じ。本番では一言も発してないのに、声までもかすれていた。

日テレから電話を頂いたのが放送4日前の金曜日。来週火曜日の「午後は○○ おもいッきりテレビ」で、ゲストの脳波を計って欲しいと。

通常の収録であれば、スタッフと充分に打ち合わせし、脳波の特性や現場での正確な測定の難しさを必ずご説明する。あまりにも私が堅苦しいことを言うため、「まあバラエティですから・・・」と言われることもある。そんなときは、撮影の協力を丁重にお断りしている。

昨日の午前11時、そんな私が呆然としていた。約束の10時の45分前には日テレタワーのロビーに入り時間調整。9時50分、受付にて参上を告げ、10時にスタジオに入った。皆「おはようございます」と、気持ちの良い挨拶を交わしている。スタジオ内はテレビで観る印象よりも狭く感じる。車でも家でもそうだが、機能・使い勝手等を追求すると、その形はコンパクトになるのだ。脳波測定するときにタレントが横に寝る暗室も用意してある。事前に送った脳波チェッキングシステムもある。と、ここまでは良かった。

しかし、事前に電話で話していたスタッフが現れない。打ち合わせが延びているとのこと。また、局が用意してくれたPCにUSBドライバがうまくインストールできない。時刻は10時半。次第にスタッフが増え、ルーチンワークが坦々と進んでいく。

11時、みのさんと佳代子さんが登場し、リハーサルがスタート。毎日のことだから皆慣れたもんだ。フリップ、そして食材を載せたワゴンを出すタイミングが確認されていく。思わず私も佳代子さんに見とれていた。が、脳波測定のリハーサルは無かった。

きっと簡単に考えているんだろうな。センサーを装着してスタートボタンを押せば良いと。確かに普段ならそうだが、スタジオのような電磁波が飛び交っている中で、10マイクロボルト(マイクロ[μ]は、100万分の1という単位)程度の脳波を正確に検出するのは並大抵のことじゃない。まして、生放送のぶっつけ本番ではやり直しができない。

うまく測定できなくても、番組的には「あれー、ちょっとうまくいきませんでしたね。」と流れていくだけだけど、私の方はそうはいかない。これで食ってるんだから。番組出演は、ハイリスク/ハイリターンだ。リハーサルに見とれていたが、また緊張感がぶり返してきた。

30人ほどの観客おばさんがスタジオに入り、ADによる前説が始まり、本番スタートが刻々と迫ってくる。PCは、念のために持参していた自前のPCに変えてもらった。PCがスタジオのモニターにも接続されて、脳波の波形が映し出された。しかし、雑電波を多く含んでいて、全然意味のない波形になっている。

こんなときテレビ番組では、事前に録っておいた波形を流したり、あるいは雑電波の混入そのままに波形を流したりする。でもそんなのは嫌だし意味がないと思う。正確な脳波を検出するために、懸命に調整した。

程なく、ゲストの藤田弓子さん、今陽子さん、間寛平さん、中村扇雀さんの4人がスタジオ入り。スペシャルコメンテーターは、浜松医科大学名誉教授の高田明和先生だ。高田先生ともこの日が初めてだが、11時半頃に測定器の特性等について打ち合わせを済ませている。

測定器の調整も何とか完了し、不安要素は、実際に被験者となるゲストの額とセンサーとの馴染みだけである。ドーランが厚いと脳波は検出できない。だからセンサー装着前にウェットティッシュでゴシゴシ擦って、全て落とす。被験者は寛平さんと聞いるが、もし、女性ゲストをみのさんが誘導したらどうしよう。そんなことを考えながら、心の中で、装着から測定までのリハーサルを何度も繰り返していた。

そして、12時ジャストに(当然だけど)本番がスタートした。番組が順調に進み16分、いよいよ脳波測定の時がきた。みのさんが被験者に寛平さんを指名し、暗室の方に連れてくる。そして私も逆サイドから登場。スタッフとの打ち合わせでは、そこでセンサーを寛平さんに装着することになっていた。しかし、みのさんが寛平さんをそのまま暗室のベッドに誘導。「ワッ! どうしよう」 振り返ってスタッフの方をみると、「いいですから着けて」と、口パクと大きな身振りで要求。

「分かりましたー」と再び方向転換して、寛平さんに突進(の気分)。最後の不安要素であったセンサーと額の接点をクリアーするために、寛平さんのおでこをウェットティッシュでゴシゴシ。左の耳朶もゴシゴシ。そして、カチューシャ型のセンサーを寛平さんに装着。ゲストの今陽子さんが「おもしろーい、孫悟空みたい」と。女性から「おもしろーい」「凄ーい」なんて言われると、それだけでどこまでも走れてしまう気分だ。男は単純である・・・。測定準備が完了しスタートボタンをクリック、グラフが動き始めた。しかし、脳波を検出しない・・・。

5秒経過、10秒経過。まだ、脳波を検出しない。司会者、ゲスト、高田先生が場をつないでいる。15、16、出た、やったー。脳波を検出し始めてグラフを描き始めた。一気に緊張が解けて脱力した。これで私の役割は果たせた。後は、番組の展開を楽しませてもらった。

感心させられたのが寛平さんの性格?だ。すぐにアルファ波が優勢になりリラックスしている。紹介が遅れたが、この日の特集は「夜グッスリ朝スッキリ春先に効果的な快眠法」だ。数分もすると、入眠時に優勢となるシータ波が出ていた。5分ほど経過したときにみのさんに起こされたが、その後またすぐにシータ波が優勢になった。テレビの収録でこんなに簡単にシータ波が出る人を初めて見た。まして生放送だ。

12時24分、測定が終了した。寛平さんからセンサーを外し、私の仕事は全て終了した。スタジオの片隅で、番組が進行する声を聞きながら撤収作業をした。本番前にお会いできなかったスタッフも来てくれ、測定がうまくいったことを喜び合った。そして、13時には日テレを後にした。

一つ気になったのは、「脳波の測定がゼロを示している箇所が目覚めているときである」という感じで番組が進行されたことだ。グラフがゼロを示しているのは、被験者が動いたりしているために発生するノイズででたらめな波形となってしまうのを防ぐためだ。微妙な表現の違いだが、根本の認識が正しくないと、誤解が増幅されて広まってしまう。そんな怖さを感じたのも事実である。

それにしても、良い経験をさせてもらった。冷静な頭で考えたら、リスクが大き過ぎるため、通常ならこの仕事はお受けしなかっただろう。でも、何かを突破するときというのは、通常ではない何かが働くものだ。覚悟を決めて取り組むことの重要性を感じた。

初めての生放送現場のために様子が分からない私を、ディレクターや放送技術者がしっかりとサポートして下さった。限界を突破できたとき、感謝の気持ちが自然に湧いてくる。帰路の車中では、心地良い脱力感と感謝の気持ち、そして達成感で一杯だった。

今朝には、本番で使った測定装置が日テレから戻ってきた。中には、日テレ特製のボールペンとシャーペン、タオル、買い物袋が記念品として納められていた。お袋は、買い物袋が一番気に入ったようだ。タオルも良い生地だなんて言っている。

当日放送された様子は、こちらに掲載しています。
http://www.selsyne.com/aim/products/fm-515a/#tv

セルシネ・エイム研究所 和田知浩
http://www.selsyne.com/

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