vol.337 MAHOさんのJAZZフルートが誘う癒しと快眠効果を脳波測定で検証した報告。2023.4.21
昨年の12月27日、大阪から脳波測定/脳コン解析サービスに関する相談の電話があった。
その内容は、妹さんが作曲をしてフルートを演奏したCDが、聴いた人を心地よく眠らせたり対人恐怖症、多動症の様な症状を持っておられる方が癒やされたり、或いは動物までもが眠ったりする現象があるので脳波を測ってみたいとのことだった。
すぐに妹(MAHO)さんご本人からも電話を頂いた。
「クラシック音楽のフルート奏者なのですが、昨年秋からJAZZの活動を開始して、その後作曲も手掛けて、この秋にCDを作成しました。これを聴いた人から、『リラックスして脳が休まる』という声を多く頂きます。クラシックを演奏していた時はこのような反応は少なかったです。LIVEなどでも、オリジナル曲を私自身が演奏した場合によくこのような反応があります。このような感想が多い場合、スピリチュアル音楽のような扱いになりがちなのですが、そうではなくて、“オリジナルのJAZZ”というジャンルとして、科学的にも証明して人々に広がることを私は希望しています。」
私もビビッときた。
年末年始の方が被験者を集めやすいとのことだったので、実験日は一週間後の1月3日と決まった。幸い新幹線のチケットも取れた。
CDを聴くことでβ波の沈静があるのか、それともα波かθ波の増強、或いはオフモード(全ての帯域が沈静)化するのか? 被験者が眠った場合はδ波がどれだけ強くなるのか? 様々な可能性を想定しつつ、当日の実験手順をメールで打ち合わせした。
実験当日は品川から始発ののぞみで京都まで、そこから近鉄に乗り換えて車窓を楽しみながら生駒へと向かった。近鉄京都線の乗車は人生初だ。
生駒駅にはMAHOさんのお義兄さんが車で迎えにきてくださった。
そして、音響バッチリのリビングにMAHOさんのjazzフルートCDが再生される中、実験は順調に進んだ。
全ての脳波測定を終えた後、被験者の皆さんも含めて脳波のいろはを30分程レクチャーした。後日提出するレポートを少しでも有意義に理解してもらうためだ。
実験途中には昼食を頂き、帰り際には「美味しいですから道中にお召し上がりください」とお土産まで頂いた。
私は20代前半の二年間、大阪・門真の自動機械製造会社で働いていた。生駒山にドライブしてきたと同僚からたまに聞くことがあったが、私は一度も来たことがなかった。
お昼休憩にそんな話をしていたから、帰りも送ってくれたお義兄さんが、これが生駒山だと教えてくださった。
さすがに3日はUターンラッシュが始まっていて新幹線便の前倒しはできなかったので、頂いたお土産に舌鼓を鳴らしながら夜の京都独り観光を楽しんだ。
帰京後は数日間正月気分を味わってからレポート制作に取り掛かり、中旬にはレポート・スタンダード+αとして納品した。
通常ならばこれで一件落着なのだが、本件はそうならなかった。
「あの脳波は一体何を意味するのか?」と、研究者としての宝の糸口を垣間見たような思いがずっと私の心にあったからだ。
その脳波を出したのが、実はMAHOさんご自身である。
当初、MAHOさんは自身の脳波を測るつもりはなかったようだ。だから私が「ぜひ測定してみましょう!」とリクエストした。
他の被験者と同様に、2分間の無音後にCDを6分間再生し、最後の1分間はまた無音にした計9分間の測定だ。
測定を開始してα波がすぐに途切れてそれが50秒程続いた。これは実験依頼者によくある現象だ。受け身で測られることができずに、実験プランや結果について思考が働いているためにα波が形成されづらいと思われる。
その後は9.0Hzの覚醒α波が概ね継続して出ているので目覚めていることが分かる。
注目して欲しいのはδ波だ。音楽が再生された2分目と同時に出始め、3分目の手前から1.5Hzのδ波がピンポイントでみるみる高まった。測定部位はFp1(左前額部)である。
経時的分布グラフの上に示した折れ線グラフが1.5Hzのデルタパワー(電位)である。
ここまでδ波が強く出ると通常は熟睡状態だ。しかし覚醒α波も並行して出ているので目覚めている。測定後に当然MAHOさんも「ずっと目覚めていました」と答えた。
Fp2(右前額部)にはこれほど顕著な脳波は見られなかった。
MAHOさんが奏でて録音したCDから再生されるこのJAZZフルートのテンポやリズム、メロディー、そして音色や強弱が聴く人の脳と共鳴したとき、快眠や癒しをもたらすのかもしれない。
レポート提出後の1月17日、MAHOさんに「セルシネの自由研究として研鑽を深めたいので音源が欲しい。もしも既に商品化されていてネットで購入できるならサイトを教えて欲しい」旨をメールした。
まずは脳波測定をしながら全曲を聴いてみた。一番強いα波が出たのが「Moonlight Cafe」だ。
この曲が実験で用いたもののように感じたが、念のためMAHOさんに確認した。
実験で用いた曲は「Moonlight Cafe」で間違いないとのこと。
「Moonlight Cafe」を選曲したその理由をたずねると、「直感です。当日の脳波測定直前に直感で決めました。曲が脳に浸透していくイメージがあります」との回答だった。
研究する曲を「Moonlight Cafe」1本に絞った。
最初の無音が2分54秒。脳波測定器とCDプレーヤーをスタートしてから自身の体勢を整える。脳波を解析するときには最初の1分を切り捨てて、残りの1分54秒間を閉眼安静(基準)の脳波として用いる。独り実験のため、実験開始のルーチンワークで脳波にアーチファクト(ノイズ)が乗ってしまうからデータの切り捨てが必要なのだ。
「Moonlight Cafe」が6分6秒、無音が1分54秒で計8分。これを7回繰り返す。最後の無音は1分6秒足して3分として少し長めの余韻も観察する。これで丁度1時間の実験となる。
仕事の合間を縫って約3ヶ月間研究を続けてきた。
この種の実験の場合、例えばα波の平均電位を単純に比較しても意味がない。なぜなら、測定中に眠ってしまう場合があるからだ。リラックスしても眠ったら肯定指標のα波は低下する。そうかといって眠気に耐えて測定を続けるのは本末転倒だ。
入眠潜時(開始から寝落ちするまでの時間)についても然りで、単純に短さを比較して睡眠導入効果を云々するのも無理がある。
なぜなら、入眠圧(睡眠圧)はその時々(寝不足や疲労、環境など)で大きく異なるので、細切れ時間を利用した今回のような実験スタイルにおいては正確性や一貫性、再現性に欠けるので科学的とは言えないのだ。
心身の活動によって脳に蓄積される疲労物質/老廃物とも言えるアデノシンは、覚醒圧を高めるヒスタミンが放出されるのを阻害する働きによって入眠圧を高める。寝落ちの鍵はアデノシンが握っているのだ。
ただし、少々のアデノシンでは入眠できないこともある。その原因が交感神経の高ぶりだ。
MAHOさんが奏でるJAZZフルートには、その交感神経の高ぶりを鎮めてくれる作用がある。
しかし、入眠潜時でそれを評価するためには、シーソーの一方であるアデノシン量を把握するか概ね変わらないであろう条件(例えば同じ時間帯)で実験する必要がある。今回の実験スタイルではそれが難しいという訳だ。
独り自由研究で宝の糸口を見つけることはできるのか・・・
前置きが長くなったが、一つの研究成果を以下に紹介する。
2月5日~4月2日に掛けて測定した全13回の測定結果である。
MAHOさんのJAZZフルート「Moonlight Cafe」を聴くことで私のα波の最高電位がこれほど顕著に高まったのだ。
なぜ最高電位を比較するのか。
既に述べた通り、聡明な覚醒度を高める(α波が強くなる)場合と逆に寝落ちさせる(覚醒α波が弱まる)場合があるから、平均すると打ち消しあってしまう。
しかし、最高電位を比較するのは有意義だ。聡明な覚醒度を高める場合は当然α波の電位は高くなるし、逆に寝落ちした場合でもその直前にはα波が強く出ることが多いからだ。
測定期間中に実感として手応えがあったが、このように集計して一目瞭然の結果となり、鑑賞の聡明効果を裏付けすることができた。
「1時間も聴いていたら、最初の閉眼安静時(1分54秒間)よりもα波が強くなって当然じゃない?」と思う人もいると思うが、脳波(意識)はそういうものではない。
むしろ長く測っていると意識はだれるから聡明度が経過時間に反比例することもしばしばだし、最高電位がこれほど変化することも通常はない。
また、私は自分の脳波を37年間測ってきているので、閉眼安静時の脳波はこんなものであることも知っている。
近頃は色んな脳波測定器があって、中にはとても強い脳波を示すものもある。仕様の違いによって出力されるデータは違うということを念のため付言する。
私は、気律脳波検定において、一定の条件でθ波~α波が40μVを超えた人に「気律脳波の達人」認定証を授与しているが、私自身の脳波はそんなには出ない。
ところが、今回の実験では鑑賞時においてα波が30μVを超えた。それも3回。達人脳波まであと一歩だ。あと一歩と言っても10μVの壁はとても大きい。それでも、目標を捉えそうな感覚を垣間見たのも事実である。
統計学の見地から有意差を述べるには肯定的すぎて躊躇するが、有意確率pは0.00015となった。通常は0.05(5%)か0.01(1%)を有意水準に設定するから、桁違いの有意性だ。
これは被験者が私一人だからだ。音楽に限らず芸術を鑑賞する際の感受性は個人差も大きい。無作為になるべく多くの被験者を対象にすることで、結果は人類にとっての普遍的な値となるだろう。
当初、MAHOさん達は犬の脳波測定も希望されたほどだから、実験方法を確立できれば動物や、もしかすると植物までもこの効果を実証できるかもしれない。
いずれにしても、これほど強いα波がトリガーとなり、例えばアデノシンによって入眠圧があればスムーズに眠るだろうし、逆にオレキシンやヒスタミンによって覚醒圧があれば聡明度を増すだろう。
ヒスタミンの生産を促すオレキシンについては、本ブログの「vol.324 目覚め方のコツと重要性。毎日放送『林先生の初耳学』~誰でも起きられる目覚まし音を作れる?~で、終夜睡眠脳波を測定して。2020.9.11」で紹介している。
前述したように、オレキシンとヒスタミンは主従関係にあるが、その両方が感情を司る部位から並列的に制御されていることを筑波大学を中心とした研究チームが2018年に発表している。
こうした脳内機序にMAHOさんのJAZZフルートが効果的に作用しているであろうことは想像に難くない。
クラシックよりもジャズで奏でた方が聴者に響くというのは、MAHOさんの癒し力が自由に解放されるからであろう。
この原稿も、実験用に作った「Moonlight Cafe」をBGMに流しながら快適に書き進めてきた。
MAHOさんのJAZZフルート、お薦めである。
| 固定リンク
« vol.336 エアウィーヴマットレスとウレタンマットレスの快眠効果を脳波測定で比較検証。MBS「日曜日の初耳学」からのオファーを受けて。2023.3.13 | トップページ | vol.338 諸刃の剣を賢く使う。AI(人工知能)時代を楽しく生きるために。2023.7.15 »
コメント